- ツアー詳細
- 体験記事
東洋のベニスとも称される蘇州は、江蘇省南部に位置し上海と南京の中間にある街です。 上海市内から西に、車で約90分の場所にあります。蘇州の歴史は古く、春秋時代に呉の都が置かれ、江南を代表する都市として発展を遂げてきました。また古くから絹織物の産地であり、中国最大の織物の町としてもその名を知られてきました。蘇州の西には琵琶湖の三倍もの面積を持つ太湖、そして東北には上海ガニの産地で有名な陽澄湖があります。街自体はあまり大きくなく、世界遺産に登録されている庭園も市内に点在しているので、上海からの日帰り旅行でも十分に楽しめる観光スポットです。
東洋のベニス、蘇州にいざ出発!
当日午前9時頃、上海市内のホテルを出発し、約90分で蘇州に到着しました。
蘇州に到着して最初に訪れたのが、世界文化遺産にも登録されている「拙政園」です。ここ拙政園は蘇州の四大名園でもあり中国の四大名園でもあるのです。この庭園は水がテーマとなっていて、お庭の半分以上が大なり小なりの蓮池になっています。
入口から入ってすぐに大きな蓮池が目に飛び込んできました。やはり水をテーマにした御庭ですね。少し歩くと浮翠閣という、とんがり屋根が立派な建築物が見えてきます。構造からして二階建てかと思いきや、実は二階は無いのです。とっても天井の高い建物と言ったところです。中には当時使われていたであろう井戸が。昔の人はここに毎日通って水汲みをしていたのでしょうか。ここ拙政園は東園、中園、西園の三つのエリアに分かれていて、入口を入るとまず見えてくるのは東園です。ここのエリアは緑が多く公園のような造りになっています。このエリアの見どころは、少し高い丘の上にある「天泉亭」、北側にある「秫香館」です。特に「秫香館」の中にはマホガニーという高級木材を使用した椅子が展示してあり、ずっしりと重く高級感に溢れています。家屋の窓から眺める景色にも技巧が凝らしてあります。壁をくりぬいた窓がそのまま天然の額縁のように見えるのです。それはまさに一枚の絵のよう。じっくり一枚一枚の絵を鑑賞するつもりで窓から外を眺めるのも、楽しみ方の一つです。
中園のハイライトは「見山楼」。ここは良く見ると龍のような形になっているのです。建物の部分が頭で、それに続く廊下が胴体に見立てて造られています。かつて龍は皇帝の象徴。役人は龍をかたどったものを造る事はタブーなのですが、ここではバッチリ龍の形となっています。楼閣を眺めつつ歩いてゆくと、中園の池をジグザグに渡れる橋にたどり着けます。/p>
ここ拙政園は他の庭園に比べても比較的面積も広く、ゆっくり散策をすれば一時間半くらいの時間がかかります。しかしその時間も忘れるくらい見どころも満載で、非常に楽しめるスポットです。故人に想いを馳せながら散策してみては如何でしょうか?
さらに庭を進んで行くと、岩山のような場所が見えてきます。頂上には小亭が建ち、ここでは庭園を見渡す事が出来ます。ここはやはり留園の中でも外せない場所のようで、多くの観光客が足を止めてここからの景色に見入っていました。
寒山寺で「楓橋夜泊」を詠みながら鐘の音にしんみり
留園の次に訪れたのは、張継の詩「楓橋夜泊」で有名な禅宗寺院の寒山寺。南北朝梁の時代(502~519年)に建てられて以来、1400年以上の歴史を持ちます。建築された当初は「妙利普明塔院」と呼ばれていましたが、唐の時代(627年~649年)に寒山と拾得という二人の僧が住職になったのを契機に寒山寺と改名されたようです。
寒山寺に入ってまず目が行くのは、お寺の回廊にある漢詩です。何枚もの漢詩が壁に大きく貼ってあり、どのような意味なのかを考えて歩いてみるもの面白いかも知れません。漢文が好きな人にはたまらない場所ですね。
「照壁墻」と呼ばれる大きな黄色い門には「寒山寺」の三文字が。ここは寒山寺のシンボルとも呼べる場所なので、多くの観光客がこの壁の前で写真を取っていました。境内に入り、まず見学したのが羅漢堂。この中には黄金の羅漢像がずらりと並んでいました。ガイドさんによると、300~500もの羅漢像があるとの事。これだけ羅漢像があると圧倒されます。この中には自分の顔にそっくりな像が一体はあるそうです。探してみるとガイドさんに良く似た羅漢像を発見。また、この中に一体だけ帽子をかぶった羅漢像があります。その像は三蔵法師の像との事で、見つけられたら何か良い事があるかも?
お寺の中には先程も紹介をした、唐代の詩人張継が呼んだ「楓橋夜泊」の大きな石碑が。中国人の方は小学生の時にこの詩を暗記させられるようで、一緒に同行した中国人ガイドさんも、この詩を暗記して詠む事が出来ました。
月落烏啼霜満天――――月落ち烏啼いて霜天に満つ
江楓漁火対愁眠――――江楓漁火愁眠に対す
姑蘇城外寒山寺――――姑蘇城外の寒山寺
夜半鐘声到客船――――夜半の鐘声客船に到る
お寺の中には先程も紹介をした、唐代の詩人張継が呼んだ「楓橋夜泊」の大きな石碑が。中国人の方は小学生の時にこの詩を暗記させられるようで、一緒に同行した中国人ガイドさんも、この詩を暗記して詠む事が出来ました。
古運河をクルーズ&刺繍研究所で蘇州の魅力を満喫
食事も済ませ、次に向かった場所は山塘街。蘇州のローカルな街という感じで庶民の暮らしを垣間見る事が出来ます。市場では生きた新鮮(?)な魚をそのまま叩き売り。中にはこれは何の生き物だろうか、というようなちょっと不思議なものまで売っていました。
山塘街を少しぶらぶらし、ローカルな雰囲気を十分味わった後は、古運河をクルージング。 船のデッキから風に吹かれて見る事も、もちろん船の中でもじっくりクルージングを楽しめます。古運河沿いの家では洗濯をしている人や、船を干している人も。今でもこの古運河は庶民の生活に欠かせないものとなっているようです。
蘇州と言えば、刺繍が有名です。次に訪れたのはありとあらゆる両面刺繍の作品にお目にかかれる「蘇州刺繍研究所」。館内には、ちょっと遠くから見ると全く刺繍で編まれたものだとは分からない見事な芸術作品がズラリ。実際に作品を制作している職人の話によると、こういった作品を作れるようになるまでに5~6年の歳月がかかるとの事。1作品の制作期間は訳半年から一年の時間を要し、作品にはそれなりのお値段がつくのですが、それも納得出来る仕上がり具合です。作品は実に細かく描写されていて、まるで写真を見ているかのよう。近くで見るとちゃんと糸が一本一本丁寧に織り込まれていて、その精巧さに感嘆させられます。また、ここで作られた両面刺繍は実際に売られていて、価格帯も様々です。お手頃なものからものすごく高価なものまで、中国でのお土産にはもってこいですね。
25年後には倒れてしまう?東洋のピサの斜塔を見上げる
今回のツアーで最後にやってきたのは虎丘。ここは春秋時代に呉王夫差(ふさ)の父、闔閭 (こうりょ)が越王との戦いに敗れ、埋葬されたとされている場所です。埋葬されてから三日後、白い虎が現れ、墓の上に付していた事から虎丘と呼ばれるようになりました。ゆるやかな傾斜の階段を上って丘の頂上を目指します。階段を上ってゆく途中には、試剣石なる石がありました。これは呉王の闔閭 (こうりょ)が作らせた剣の切れ味を試すために切ったものだという伝説があります。ただあくまでも伝説。本当の事は神のみぞ知る、です。
頂上付近に近づくと、東洋のピサの斜塔と称される「雲岩寺塔」が見えてきました。ピサの斜塔と言われるもの納得、本当に傾いています。積まれている煉瓦が塔の重さで潰れて傾いているようにも見えます、が実際は400年ほど前から地盤沈下によって傾き始め、25年後には倒れて無くなってしまうとも言われています。七層八角形の形で、その頂上部分は中心部から2m近く離れているそうです。ですからここを見るならお早めに。昔はこの塔の三階まで見学が出来たようですが、今では禁止となっています。
またこの「雲岩寺塔」の下には、実は闔閭 (こうりょ)の遺体と約3000本もの埋葬品が眠っているとされています。現在その入り口までは見つかっているのですが、その入り口の開け方がどうしても分からないのだとか。何が下に埋まっているのかはこの東洋のピサの斜塔こと、「雲岩寺塔」が倒れた後のお楽しみ、という事になるのでしょうか。






































